忘れてはいけない日 富山大空襲 の日 1945年8月2日
「忘れてはいけない日」
2週間前に、衝撃的なテレビが、NHKテレビでやっていた。
長崎、広島の原爆投下の実験のため、
富山にも同じ形の模擬爆弾「パンプキン爆弾」が3発、
実験とアメリカ軍の兵隊の士気をあげるために、
一般市民に向けて落とされていた事実を知った。
1945年8月2日、富山市街地の実に99.5パーセントをアメリカ軍の空襲によって消失した。
広島県、長崎県の原爆投下以外の地方都市の空襲としては最も被害が大きかったらしい。
死者 2737人、負傷者 7900人、焼失家屋 24914戸(市街地の99.5%)
これだけの、尊い命が奪われた。
経験した人しかわからないかもしれないが、決して忘れてはいけない事実。
環境破壊も進み、戦争や紛争をしている場合ではないのだが、戦争を乗り越えてこられた方々に感謝して、
誰が偉いでもなく、悪いでもなく、すべての人が手と手をつなぎ地球を守るには?、今、何ができるか考えてみようと思う。
追伸:この事実は、ほんの60年前のことだ。
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富山にも空爆があったなんて初めて知りました。
街の99.5%を消失させるなんて恐ろしいですね。
平和を望まない人はいないと思うんですが
今も世界のどこかで争いがあるんですよね。
人間はもっと賢く生きていける生き物だと信じて
自分ができることを真剣に考え行動しなければいけませんね。
勉強になりました。
初めてコメントします。
富山大空襲、全く知りませんでした。
戦争の話をするとき、どうしても広島と長崎がクローズアップされてしまいますが、全国各地で命を落とされた方がたくさんいるんですよね。
それは日本だけでなく、日本が傷つけたアジア諸国、そして戦勝国も同じです。
戦争で尊い命を失った全ての方々のご冥福をお祈りし、世界平和について真剣に考えたいと思います。
まずは、自分の周りにいる人々に思いやりをもって接することではないでしょうか。その小さな思いやりが、やがては地球をグルッと回るのではないかなと思います。
空襲を受けなければ
今頃は、富山も金沢のように
城下町として、魅力的な都市だったかもしれません。
胸がいたいですね。もうこのようなことが二度と起こらないことを
祈ります。
私もこの特集をTVで見ました。
富山市は壊滅状態だったそうです。私の家の大家さんも体験されていて、当時の話を聞きました。
8月1日の富山市の花火大会は戦争被害の追悼の意味もあるそうで、これは新聞で初めて知りました。ただのお祭りじゃないんですね。
どんな形でも世界平和のためには事実を知る事もとても大切ですね。
ご無沙汰しております
富山市もそんなことがあったんですね。。。
京都は被災には会わなかったんですが、多かれ少なかれ地方もやられたんですね
犠牲は、軍人(戦争の犬)じゃなく無辜の、銃後の弱い老人、子供、女の人とか・・・
空襲について調べると
昭和20年7月以降の空襲が
多いのに驚きます。
戦局の大勢がついていたにもかかわらず
空襲を続けさせたものは何か
考えないといけません。
最たるものは
20年8月になってからの原爆投下。
忘れてはいけないことです。
僕は戦争を知らない戦後十数年後の生まれですが、戦争体験者世代が次第に少なくなるにつれ、経験を風化させず伝える責任を負わざるを得ないと思っています。
今の便利な生活が当たり前にあるものでは断じて無いということを肝に銘じなければ!